<< 日本分類学会連合 HOME

日本に魚は何種いるのか−既知種と未知種をめぐる問題

松浦 啓一(国立科学博物館動物研究部)
瀬能 宏(神奈川県立生命の星・地球博物館)

 日本は西部太平洋の北西部に位置する弧状列島である.日本の国土面積は小さいが,南北の総延長は極めて大きく,約3000kmに達し,オーストラリアの東海岸全体とほぼ同じである.また,南から暖流の黒潮が北上し,北からは寒流の親潮が南下して関東東部沖で出会う.このため琉球列島ではサンゴ礁性の魚類が多数見られ,最北部のオホーツク海には冷水性の魚類が生息し,さらに本州から九州にかけて温帯性の魚類が分布している.沿岸から沖合に目を向けると,日本の太平洋側には深さ8000mに達する日本海溝が発達している.このような複雑な海洋環境は日本の海産生物相を極めて豊かにしている.魚類も例外ではなく約3900種が記録されている.現世魚類には約25,000種が認められているので,日本には総数の15%が生息していることになる.

 この豊かな魚類相は古くから魚類研究者の注目を集めてきたが,まとまった形で日本の魚類をヨーロッパに紹介したのはFauna Japonicaが最初であった.この大著の中でTemminckとSchlegelは343種を報告した.明治時代に入ると日本人研究者による魚類相の研究が始まる.石川千代松と松浦歡一郎は1897年に帝国博物館天産部魚類標本目録に1075種を記録している.日本魚類学の父と言われる田中茂穂はJordanやSnyderとの共著論文の中で1913年に1236種を報告した.そして,岡田・松原は1938年に「日本産魚類検索」を出版し1946種を認め,さらに,松原は1955年に出版した不朽の名著と言われる「魚類の形態と検索」の中で2714種を報告した.1985年には日本の魚類分類研究者の大半が著者となった「日本産魚類大図鑑」が出版され,3600種に達する魚類が日本から記録された.そして中坊ほかによる「日本産魚類検索」によると2000年時点で日本には3863種が認められている.総種数はその後も増え続け,毎年約20種の魚類が日本の魚類相に加えられている.過去10年間の推移を見ると増加率に大きな変動はないので,この傾向は今後も続くであろう.なぜなら南半球で同じような緯度にあるオーストラリアでは4400種に達する魚類が報告されているので,日本の総魚種数も同程度になると予想できるからである.

 では,日本から発見される未知種,すなわち新種や初記録種,は予測できるであろうか.正確な数は分からないが,現在,研究者が標本あるいは写真に基づいて認めている未知種は,少なくとも新種が約350,初記録種が約70に達することが判明した.しかし,これはすべての研究者からの回答に基づいているわけではない.また,これらの数字は形態的に識別できる種のみに基づいており,形態的に近似していても遺伝学的に区別される種を含んでいない.したがって,日本の魚類の総種数が4400を超える事は確実である.では,なぜこのように大量の新種や初記録種が発表されていないのであろうか.様々な理由があるが,最大の問題はタイプ標本の調査が容易ではないということである.発表された種との比較なしに分類学的研究は進まないが,過去に記載された多くの種のタイプ標本は欧米の博物館に保存されている.このためタイプ標本の調査がなかなか進まないのである.

 一方,スキューバダイビングの発達によって,急速に未知種の画像記録が増えている.我々が作成した「魚類写真資料データベース」に画像を提供しているダイバーの数は魚類研究者の数をはるかに上回る.したがって,研究者が気づかない多くの未知種がダイバーによって発見される.今後,ダイバーや自然愛好家など生物多様性に興味をもつ人達とどのような協力体制を作るかが,魚類の多様性研究を進める鍵になるであろう.