佐々木 猛智(東京大学総合研究博物館)
分類学の重要性は分類学者が絶滅した時に正しく認識される.しかし,分類学のように継続的な蓄積を必要とする学問分野では,一度とぎれた系譜を復活させることは容易ではない.このような状況は,現生生物の分類学だけではなく古生物の分野においても同様である.従って,分類学の持続的な発展を目指して両分野の分類学者が力を合わせることは,21世紀の分類学において極めて重要である.
日本の分類学の歴史を振り返ってみると,古生物学と現生生物学の間には強い歴史的制約が作用してきた.すなわち,古生物の分類学は地質学教室,現生生物の分類は生物学教室で行うという学問の縦割りが顕著であり,両分野の交流は著しく不十分であった.
一般に,古生物学者が現生種を研究する場合に比べて,現生生物学者が古生物を研究する方が心理的な抵抗が大きい.まず,化石標本を取り出すためには,クリーニン
グの技術が必要である.この技術の習得には熟練を要する.さらに,化石標本のラベルには層準,地質年代という2つのデータ項目が付け加わる.つまり化石を扱うには「地層」と「時代」に関する知識が重要になるが,これらの情報は現生種の標本には付随しない.現生生物の分類が現在という限られた時間断面における「3次元の分類学」であるとすれば,古生物の分類は全ての時間軸を対象とする「4次元の分類学」であるという特色がある.
化石標本は分類形質の情報量に制約が大きいことは避けがたい事実である.まず化石としての残りやすさにバイアスがあり,堆積岩が露出しない場所からは化石が産出しない.さらに,DNA・軟組織は化石として保存されず(軟組織は保存される可能性もあるが奇跡的な例外である),利用可能な分類形質は硬組織に限定される.そのため,古生物学において扱う種は硬組織によって定義される形態種として認識される.
しかし,化石の存在意義は過去の生物の姿を知るための唯一の研究材料であるという点において疑う余地がない.例えば,「カンブリアの大爆発」や恐竜の存在を現在
の生物から推定することはできない.従って,全時代を通じた生命の多様性は化石の存在無くしては理解されない.ところが,従来の現生生物分類学では,これらの古生物の重要性が十分に認識されてきたとは言い難い.
現在の地球上に存在する生物群は地質時代を通じた進化の結果であり,現在も進化し続けている.従って,化石と現生種の境界は連続的である.古生物学では習慣的に約1万年前より古いものを化石と呼び,数千年前のやや新しいものは半化石として区別することもある.しかし,現生種と化石の区別は厳密に線引きされるものではなく,全ての現生生物は死んだ瞬間から次世代の化石になり始めている.
日本の現生貝類の場合,化石種として記載された後に現世にも生存していることが判明した例,あるいは,現生種の学名が化石種として記載された学名に先取される例が数多く見いだされる.化石記録を遡ると,現生種の多くは中新世(新生代新第三紀: 約2300〜500万年前)には既に出現し始めており,さらには漸新世(新生代古第三紀: 約3500〜2300万年前)から存続する種も知られている.従って,現生種の分類には化石種(少なくとも新生代の化石種)との対比が不可欠であり,化石を無視した研究は分類学として意味をなさない.このような状況は硬組織を持つ全ての生物においても同様に起こりうる.
従来の分類学には「形態 vs. 分子」「化石 vs. 現生」という2つの対立構造が存在した.しかし,今後の分類学においてはこれらの全てを統合する試みがますます重要になる.今日の分類学をとりまくキーワードとしては,生物多様性の解明・絶滅危惧種の保全・DNA標本の保存・分子系統解析による形態分類の再評価・データベースによる情報基盤の整備・実学としての分類学,などがあげられている.以上に加えて,「現生生物分類学と古生物分類学の統一」も間違いなく21世紀のキーワードの一つである.
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