森脇 和郎(自然史学会連合代表)
自然史学会連合を代表して,日本分類学会連合設立のお祝いを申し上げます.
昨今,分類学に陽があたってきた背景には,地球環境の問題の中で生物多様性が重要視されてきたことがあります.多種多様な生物を同定し,分類するということは,地球上の生物多様性を把握する上で,きわめて重要なことで,生物多様性に関心が高まると同時に分類学に光が射してきたのは当然とも言えます.ただ,基礎科学である分類学が,文化としての基礎学問の重要性が認識されて陽が射して来たわけではないということと,人間が環境を汚した結果,この学問が盛んになったということは残念な点であります.
上記の環境問題は分類学に外から迫ってきた流れの一つですが,他にも外から迫ってきた流れがあります.それは「形」の問題です.「形」は分類学者にとって非常に大事な対象ですが,「形」には遺伝子が関与していて,その問題に関しては遺伝学が分類学の方に攻め込んできたというのが私の印象です.
私は長年,ハツカネズミの遺伝学的研究をしてきましたが,様々な場所から採集してきたネズミの遺伝子を調べて系図を書いてみると,それが形態に基づいた分類と非常によく一致します.また,ハツカネズミの亜種レベルでの解析でも,従来の形態に基づく分類と遺伝子に基づく系図がほぼ一致します.形態ではいくつかに分けられている亜種が,分子レベルではいくつかのまとまったグループとなる,といった違いはあるものの,本質的にはほとんど違いがありません.もちろん,3つや4つあるいは10や20の遺伝子で答えを出していいのかという批判もあり,私どももかねがね問題であることは承知しておりました.しかし,近年,DNAを調べる手法が飛躍的に進歩し,共同研究者の米川氏のグループがつい最近1,400くらいの座位のマイクロサテライトDNAを使って解析しましたが,それでもやはり同じ結果になりました.このことから,遺伝子を使って系統解明あるいは分類をすることは,今までよりはもっと確からしいことになると感じております.マウスは遺伝学が進んでいるグループですが,それ以外の生物でも,遺伝子をとることはさほど難しくないと思われるますので,形態による分類と遺伝子から見た分類が本当に一致するのか,といった研究はこれから先やりやすくなるのではないかと思われます.
また,形態と分子の系図を比較するだけではなく,最近では,生物の遺伝子を全て調べて,形態を決めている遺伝子がどこにあるのかを明らかにすることが可能になっています.今後は分類学にもこの種のアプローチが攻め込んで来るのではないかと予想されます.
形態に基づく分類と,遺伝学の分野がこれからもっと協調して進めて行くべき例として,アフリカのビクトリア湖のシクリッドという魚の例があげられます.この魚は1万数千年という短い時間に100近くの種に分化し,それらは形態的にも生態的にも顕著な違いがあることが知られています.ところが,DNAを調べてみると,形態で見られるほどの違いは見られない.遺伝的分化がさほど無いにも関わらず,形態的には驚くほどの違いがあって種に分化しているという例ですが,これは形態に基づく分類学と,遺伝子レベルの研究の両方が必要であり,協調して進めていくことが非常に重要であるという例だと思います.
ここで,話題を変えて,少しプラクティカルなことをお話させていただきます.私が代表をつとめる自然史学会連合は数年前に結成され,約30学会が属しています.私どもの連合のこれまでの運営の経験から言えることは,「仲良くやって下さい」ということです.これは簡単な言葉ですが,非常に大事なことです.割拠している人を集めて連合を作るには,運営をされる方々,各学会の方々が大分考え方を変えていく必要があろうかと思います.大変うまく行っている例というのは,物理学や天文学の分野にあって,大きなプロジェクトを行う際(例えば高エネルギー施設,天文台の建設など)には非常に強く結束されています.分類学会連合でも,このように,外から見たときに本質的に連合が一本化されていると見えるようにしておくことが必要です.
また,分類学には大きな予算が来ないという話がありましたが,大型の予算がつけば国民への説明責任が必要になります.その時に,(1) 分類学は環境問題に非常に役に立っていることを積極的に示して理解を得るか,(2) 滅多に役には立たないが,学問として非常に面白いということを説明し,理解を得るかの2つの方向があります.これから連合が発展していく中で,この問題は必ずや出てくるはずですから,この二つの面をよく見極めてよりよい方向に進まれることを期待しております.
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