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生物の共通性と多様性

八杉 貞雄(社団法人日本動物学会理事・東京都立大学大学院理学研究科) 

 今般,日本分類学会連合が設立されるにあたって,日本動物学会を代表して一言お祝いを申し上げ,またこの連合の発展に大いなる期待を表明するものであります.

 分類学というものが,あらゆる生命科学の基礎にあることはすべての生命学者が等しく認識するところであります.およそ生物の世界をその共通性と多様性の観点から見るときに,すべての事象の基本にあるのは生物の類縁と系統であり,それを正しく反映した分類学が学問のもっとも枢要な礎となっていることは,いうまでもありません.しかも,遺伝子科学の発展に伴って,生物世界の共通性が明らかになるにつれて,従来の動物,植物,あるいは菌類などといった個々の生物群の分類学のみではなく,それらを統合した一つの体系としての「総合」分類学に対する希求が,多くの生物学者に生まれつつあると考えられます.そのような時に,この連合が立ち上がることは,まことに時宜にかなったことといえるでありましょう.

 私は発生生物学を専門としています.そこで,発生生物学と分類学についての私見を述べてご挨拶に代えたいと存じます.近年発生生物学は,すくなくともその一部は,発生現象を進化的に理解することに主眼を置くようになり,一方発生過程で作用する遺伝子(産物)の研究は,発生過程が生物界で驚くほどよく保存されていることを明らかにしてきました.例えば,よく知られているように,動物の発生過程でもっとも基本的なプロセスである背腹軸の決定に働く遺伝子は,哺乳類でもショウジョウバエでも共通であることや,眼の発生には哺乳類ではPax6,ショウジョウバエではeyelessという,これも相同の遺伝子が鍵遺伝子として働く,などのことです.とりわけ眼のように,複雑で,進化の過程で独立に何回も生じたと考えられてきた器官の形成が,相同な遺伝子によって制御されていることは,発生生物学者にも進化学者にも大きな衝撃を与えました.これらのことは,生物が基本的に共通のシステムをもっていることを示しています.

 一方,それにもかかわらず,生物は実に多様な構造や生活史や生態を示します.その例は枚挙にいとまがありませんが,発生の様式についても,例えば,ごく近縁(同属)のホヤの中に,間接発生(オタマジャクシ幼生を経る)をするものと直接発生(オタマジャクシ幼生を経ない)をするものがいます.Molgula oculataは前者,M. occultaは後者の代表例です.rDNAの塩基配列の比較は,この2種を含むグループが単系統であることを示しています.M. occultaの胚では,一般のホヤの胚の幼生期に見られる発達した脊索と筋肉をもった尾部を形成するための細胞が出現するのですが,まもなくそれらの細胞・器官を形成するための遺伝子発現が抑制されます.M. bleiziという種では,一過的に尾部が形成されるので,この種が最近に直接発生の方向に進化し始めたことが分かります.これらの直接発生ホヤの遺伝的な制御については分子生物学的研究が進んでいます.

 さらに,同種のなかでも多様性が見られることもよく知られています.再び発生の様式についていうと,メキシコサンショウウオのネオテニー(幼形成熟)的発生はその代表ですし,ネオテニーを含む発生のヘテロクロニーが生物の進化に重要な影響を与えてきたことも,つとに知られています.

 ここにあげたわずかな例からも,発生現象が生物の類縁や系統と密接な関係をもち,発生生物学が明らかにする知見は生物の類縁や系統の理解に資するところがあるでしょうし,発生現象を本当に理解するためには扱っている生物の分類上の位置を正確に理解する必要があることが分かると思います.

 連合の発足を機に,分類学に携わる方々が,広く生物学の諸分野との交流,相互の情報交換と理解を一層深めて下さるように切望いたします.

 日本動物学会では,「多様な生命体の包括的記載と保存・解析方法の確立」を目指した「ガイアリスト21」計画を推進しています.この計画の実現と発展には,分類諸学会との連携が不可欠であり,この点でも連合の発足に期待するところがきわめて大であることを申し上げて,ご挨拶と致します.